アイドルファン界隈から使われ始めたとされる「推し」という言葉。現在では、その対象はアイドルに留まらず、俳優、声優、アーティスト、スポーツ選手、YouTuber、漫画やアニメのキャラクターの他、なかには鉄道や仏像といった幅広い「推し」を持つ人たちがいます。2021年には新語・流行語大賞にもノミネートされており、コロナ禍で憂鬱な毎日を「推し」の支えで乗り切っている方も多いのではないでしょうか。
そもそも「推し」とは何なのか。「推し」とは「他の人にすすめること。また俗に、人にすすめたいほど気に入っている人や物」(デジタル大辞林より)のことを指しています。「推し」とは単純な「好き」では言い表せない、もっとそれ以上に尊さや美しさのような熱い想いがそこにあり、人生を彩る存在とも言えるのかもしれません。
訪問看護を通してお客様の「生きる」を看る私たちですが、そんな私たちの「生きる」を支えてくれる存在が「推し」というスタッフもたくさんいます。この連載では、ソフィアメディで働く人たちの「推し活」事情についてインタビューをしていきたいと思います。
今回の「推し」は…
第2回目は、なんと変わった角度から!仕事を通じて「高齢者」の魅力に深く惹かれたという理学療法士Yさんに「沼に落ちたキッカケ」や「推し事」についてお話を伺いました。
*推し活に関する表現
「沼に落ちる」・・・深くハマること
「推し事」・・・推しに関するファン活動全般
「高齢者」とは、一般的に65歳以上の方を指します。日本では超高齢社会が進む中で、高齢者の割合も年々増加しています。年齢にかかわらず、自分が「老いる」ということに対してネガティブな感情を持っている方も多いのではないでしょうか?
今回お話をお聞きしたYさんは、仕事を通じて高齢者と関わる中で、「歳を重ねるからこそ持ち得る魅力」に気づいたといいます。
高齢者の魅力に惹かれ、その存在自体が推しとなったというYさんにお話をお聞きしました。
「最高級の知恵を無償の愛とともに提供してくれる存在」。患者さまと関わる中で気づいた魅力
ーではまず、Yさんが理学療法士になったキッカケを教えてください。
父親が理学療法士でその影響が大きかったです。実家と父の当時の職場が近く、すぐに行ける距離だったので、よく父の職場に遊びに行ったりしていました。そのため自分の身近にセラピストがいるのが自然だったんです。
子供の時は理学療法士がどんな職業かあまり知らなかったのですが、近所で当時父が担当していた患者様に会う機会が多く、患者様から感謝をされる姿をよく見ていました。
「父の仕事は人に感謝される仕事なんだ」というのを子どもながらに感じていて、いざ将来について考え出した時に、自分も理学療法士を目指してみようと思ったのがきっかけでした。
ーお父様の影響が大きかったのですね!では、今回の本題なのですが、「高齢者」が好きというYさん。おそらく、「どういうこと?」と思っていらっしゃる方もいると思うので、具体的に教えていただいてもいいですか?
なかなか珍しいですよね(笑)
僕は高齢者の魅力にとても惹かれていますしこころから尊敬しています。
高齢者の人生はこれまでその方が生きてきた時間や経験の積み重ねなので、若い世代の僕たちからしたら絶対に手に入れられるものではないと思っています。長い人生の中で得てきた最高級の知恵や視座、長い時間をかけ磨かれた考えはとても貴重なものなのに、それらをコミュニケーションの中で見返りを求めずに伝えてくれる方が多いんです。だから高齢者の方とお話しさせていただくと学びも多いですし、包み込んでくれるような温かさもあるので、高齢者の方とお話しする時間も存在自体も大好きなんです。
ーいつ頃からそう感じるようになったのでしょうか。
理学療法士一年目の時に回復期病棟に配属になったのですが、そこでは高齢者の患者様が多かったんです。一人の患者さんと一緒に過ごす時間も長く、その中で患者様のお人柄や価値観を理解するために、これまでの人生や好きなこと、趣味などの話題でお話をしていました。
そうやってコミュニケーションを取っていくうちに、 こちらが医療を提供している立場ではあるのですが、逆に医療者側が患者様に癒されたり元気をもらっていることも少なくないんだなと気が付いたんです。
自分自身の祖父母は遠方に住んでいてなかなか会う機会も少なく、日常的に高齢者の方と深くコミュニケーションを取ることがなかったので、病院で出会った高齢者の方々との関わりは僕にとってはとても新鮮で衝撃的な体験でした。
ーでは、その魅力とはどんなものですか?
先程お伝えした、「豊かな人生経験で培ってきた最高級の知恵を、見返りを求めない無償の愛とともに提供してくれる」存在だということもそうですし、考え方だけでなく、一見ネガティブに捉えられがちな加齢による身体や見た目の変化も、僕にとっては素敵な魅力の一つです。
若い人には若いからこその美しさがありますが、一方で同じように高齢者の方には高齢者の方にしか持ち得ない美しさがあると思います。
例えば、白髪やしわは加齢によって増えていくことが多いですが、そのような加齢による見た目の変化も、個人的には高齢者ならではの美しさに繋がっていると感じます。革の財布とか、デニムなどは経年変化によって美しさが出て、ビンテージと呼ばれるじゃないですか。一般的に加齢はネガティブなものと捉えられがちですが、僕は人間のビンテージもありだと思っていて、経年変化によって人間的な魅力や美しさは失われるというよりは増していくものなのではないかなと思っています。
ー視点がとても素敵ですね…。そういった視点を持っていると、歳を取ることがとても楽しくなりそうです。
そもそも「加齢」や「老い」って、誰しもが経験する当たり前なことだと思います。それを劣化や嫌なものとして捉えるのではなく、少しでもポジティブに捉えられると、超高齢社会においても幸せに生きられるんじゃないかなと思っています。
この魅力を多くの人に知ってほしい!一途な想いが叶えた写真展
ーYさんはご自身の好きをキッカケに『最高にイケてる高齢者の写真展』を開催しましたね。その経緯を教えていただけますか?
高齢者の存在がすごく魅力的だという話を友達にした時に、なかなか共感してもらえなかったんです。自分の好きな芸能人や趣味に共感してもらいたいように、高齢者の魅力ももっと共感して欲しいと思いました。
そこで、たまたま大学生の時から持っていた一眼レフで高齢者の写真を撮っていろんな人に見せてみることにしたんです。
きっとインパクトがないと反応してもらえないと思ったので、みんなが思う高齢者のイメージと180度違う姿や雰囲気の方、いわゆる『イケてる高齢者』の方を撮影しようと休みの日に友達と朝の銀座で泥臭く声をかけて写真を撮らせてもらいました。
その写真をTwitterに載せてみたところ、自分の想像を遥かに超えて、知らない人からもたくさんの反響があったんです。自分の知り合いだけでも知ってくれたら嬉しいと思っていたのに、気づけば5,000いいねもついていて驚きました。
ー5,000いいねはすごいですね…。
Twitterに載せた時に、軽い気持ちで「100いいねついたら写真展をやります」と書いていたんです。当時は100いいねさえつくと思っていなくて(笑)
でも大きな反響があって、これは自分が好きな高齢者のことを伝えられるチャンスだと思い、写真展を開催することにしました。
ただ、写真展を開催したことはなかったので、一からやり方を調べたり、集まってくれた仲間と試行錯誤しながら写真展を作っていきました。
原宿のギャラリーを借りて3日間開催したのですが、目標の100人を大きく超えて500人ほどの方が来場してくださいました。さらにはメディアにも取り上げてもらい、自分が素敵だと思った高齢者の魅力が多くの方に届いたことや、このような活動が社会に求められているのだと感じられたのはとても嬉しかったですね。
好きだからこそ想像の解像度があがり、良い関係性に繋がる
―高齢者の方の魅力を特に感じているYさんだからこそ、その「好き」が仕事に活きていると感じることはありますか?
高齢者の方々が生きてきた時代に興味があるので、昔流行った映画や本や音楽を調べたり、昔の出来事や70〜80年前はどんな日本だったのかなど時代背景を調べることが元から好きです。そのおかげで、高齢者の方の考えに対する理解やその背景を想像する解像度はすごく上がったなと思いますし、結果的にお客様との信頼関係やコミュニケーションが上手くいくことに繋がっていると感じます。仕事だからということを超えて、自分が楽しいと思ってやっているので、それは好きが活きているなと感じます。
ーでは、Yさんが高齢者の方と接するときに大切にしていることはありますか?
高齢者の方と若い世代では生きてきた時代背景が全然違うので、正しさや常識や当たり前といった価値観も異なる部分があるということを前提において関わることが大事だと思っています。また、医療者目線での正しさとお客様目線での正しさという点でも意見が異なる場合があります。そういった意思決定における前提が異なることを受け入れたうえで、その時々に合わせた最適な選択肢を模索すること、鮮やかな妥協点を見つけることを大切にしています。
ー 最後に、Yさんの今後の目標を教えてください!
一言で言うなら、年齢を重ねることを楽しめる世の中になるよう力を尽くしたいなと思います。そのためには「加齢」や「老い」と向き合い、考え方をアップデートすることが重要だと思っているので、まずは「加齢」のネガティブな側面だけでなく、ポジティブな面も発信していきたいと思っています。
また、一方で加齢によって心身機能が低下しても自分らしく生きられる社会環境やインフラを整えることも必要不可欠だと思っています。その一つの受け皿が在宅療養であり、それを支えるのが訪問看護だと思っています。ここはソフィアメディのVisonである「安心であたたかな在宅療養を日本中にゆきわたらせ、ひとりでも多くの方に、こころから満たされた人生を。」と合致している部分だと感じていますので、一員として尽力したいですし、もっと多くの方々に訪問看護に興味関心を持っていただきたいと思っています。
考え方と社会環境を整備していくことが「年齢を重ねることを楽しめる世の中」になることにつながると僕は信じているので、これからも全身全霊で頑張っていきたいと思います。
ーYさんの視点は、既成概念を壊すような気づきがたくさんありました。素敵なお話をありがとうございました!
[取材・文]中村 [写真]本人提供