2022年9月27日に開催された、第3回ソフィアメディ在宅療養総研セミナー。オランダ在住の看護師で、現在ビュートゾルフで働いている葉子・ハュス・綿貫さんがオンラインで登壇。名古屋の会場ではソフィアメディ在宅療養総研所長の中川さん、副所長の篠田さんが登壇し、セミナー後には参加者同士の交流もみられました。
後編ではコロナ禍を経て、これからの地域医療・在宅医療の在り方について語ったセミナーレポートとなっています。記事の後半では参加者とのディスカッションの一部内容と、ビュートゾルフに関する書籍も紹介しています。
葉子・ハュス・綿貫(ようこ・ハュス・わたぬき)
篠田 耕造
中川 征士
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これからの地域医療・在宅医療の在り方について
中川さん:
後半ではコロナ禍を経て、地域医療・在宅医療の姿はどのように在るべきかについて話を進めていきたいと思います。2020年からの新型コロナウイルス感染症の感染拡大において、約2年半が過ぎようとしています。その過程の中で、コロナ禍における在宅医療等の報告も散見するようになりました。
引用:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jahcm/3/suppl.-2/3_suppl.-2_27/_pdf/-char/ja
引用:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jahcm/2/1/2_2.1_45/_pdf/-char/ja
当時、情報がなくて対応に困ることがありましたが、こうした形で振り返ることができ、今後の在宅医療の在り方に活用が出来そうです。また北海道の大友先生は、コロナ禍において、地域連携を促進した4つのポイントについて整理されています。できないことからやるのではなく、できることから考えてやろうという文化やシステムづくりを、地域に働きかけられた様です。
日本では縦割り構造の中でコロナ対応が取られてきた背景もありますが、できるだけその垣根を越えた保健所や医師会と連携体制を作り、コロナに罹患された方々に対応できるケアの専門職を増やすための人やシステムの体制、そして医療の対応として、診療プロコトルなどのエビデンスに基づいて対応できるエビデンスづくりについて、4つの観点で地域連携の活動をされていたという報告です。
葉子さんは、オランダでの経験も踏まえ、コロナ禍を経た地域医療のあるべき姿や連携の体制、サービス提供の形についてはどのようにお考えでしょうか。
葉子さん:
そうですね。コロナ禍で私たちも試行錯誤しているなかで、嬉しいエピソードがいろいろありました。そのひとつは、私たちが緊迫した状況のなかで仕事をしているときに、とある高齢者施設が「この施設の10床を地域のコロナ感染者に提供します」と言ってくれたことです。私たちがお願いをしたわけではなく、施設のほうからそう言ってくれました。それで、私たちがどれだけ救われたか。すごく嬉しかった出来事で、今でもよく覚えています。私たちも、病院の負担をできるだけ減らすために家庭医ともよく話をしていましたが、私たちもできるだけここで住民を守るんだという心積もりが徐々にできあがっていった、そのきっかけともなりました。
コロナ禍では地域連携を強固にしていこうという取り組みが、各地で行われたと思います。ひとつ実例をあげますと、地域連携のあるべき姿として、私たちは『Samen in de Wijkzorg』というプロジェクトを進めました。日本語でいうと『地域医療共同体』のような意味合いになるかと思います。
オランダ各地の自治体において、医療機関連携を円滑にしケアの必要な人たちへの迅速な対応を目指して、2021年にパイロットプロジェクトとして取り組みました。それが上手くいったため、2022年の7月から正式に地域医療活動の一環として発展しています。どういったものかというと、私たちの訪問看護チームが使っているインターネットのサイトがあるのですが、そのサイトは私たちのような医療関連組織も使えますし、地域住民も直接アクセスできる構造になっています。そこで「私は今こういう支援がほしい」「家でこういうことに困っている」と申し込みをすると、その人たちの名前がサイトにあがります。それを私たちのチームが見て、「この患者さんは私たちが受け入れるわ」とマッチングできるような仕組みになっています。もちろんそこには、病院や家庭医からの患者さんの受け入れについても書かれています。私たちはどこに専門技術を持ったエキスパートがいるか、どこに時間的に余裕があるかをみながら、地域住民のためにカバーしていく体制をとりました。現在ではかなり頻繁にやりとりできるようになりました。これは地域医療において、いい発展だと私は思っています。
篠田さん:
すごいですね。日本はどうしても規制や制度ありきで進んでいると感じます。ただ、日本でもオンライン診療や家庭医のことがニュースでもあがってくるようになりました。地域にかかりつけ医を作ろうという動きは、大きくタスクシフトしてきたという事実もあります。それでも、オランダのように柔軟にやれるところまでは到達していません。少なくとも日本は高齢者が多いので、有事の際にこのような概念が進んでいくと思うので、オランダの取り組みを良き見本としていきたいですね。2025年問題、2040年問題と、地域でみんなで一緒に助け合おうというのが、日本でもやっていかないといけないと思います。
中川さん:
ありがとうございます。それでは、セミナー本編のしめくくりとして、葉子さんからみなさまへメッセージをお願いします。
葉子さん:
はい。これは最近撮った写真です。100歳を超える私のチームの利用者さんで、ちゃんと自分で生活をされています。
そこに1日3回訪問に行くのですが、難聴もあって目もちゃんと見えないので、こちらがマスクをしていると、「ヨウコ、私のところではマスクはしないでいいのよ」「それよりもあなたの顔をちゃんと見せてよ」と言われ、一旦外して顔を見せると「またあなたの顔が見られれてよかったわ」という風にニコニコしてくれます。
私たちがこれから目指す道は利用者さんにとっても、私たちにとっても、ともに人間性豊かな地域医療・在宅医療ができるようにということではないでしょうか。日本でもこのようにマスクをとってケアをしてほしいとは私も言えませんが、それでもひとりの人間として、利用者さんも私たち自身も幸せに暮らせるかということを、みんなと一緒に考えていければ幸せです。
日本のみなさんは、本当によく頑張っています。あの厳しい規制のなか、暑い中でもマスクをつけて、非常に頭が下がる思いです。だけど、無理をしすぎて疲弊しないようにとも思います。今回のセミナーのように、私の知っている範囲で何かご提供できることがあれば、今後も何か一緒にできればと思っています。これからもよろしくお願いいたします。
参加者を交えての全体ディスカッション
今回はハイブリット開催のため、参加者からのご質問、ディスカッションも活発に行われました。その一部をご紹介します。
※質問内容を少し調整してまとめさせていただいています。
Q.『Humankind 希望の歴史』という本でビュートゾルフを知りました。オランダではかなり看護師の”自治”が認められているのだと感じました。コロナ禍もそうですが、全般的に看護師の意思決定はどこまで認められるのでしょうか。日本より広い範囲で認められるのでしょうか。また、オランダには日本の『訪問看護指示書』にあたるものはありますか。
葉子さん:
もちろん、オランダでも法令での決まりがありますので、私たち看護師だけで意思決定することは絶対にありません。家庭医、もしくは病院の専門医の指示のもとで進めることがほとんどです。私たちのほうから医師に対して、「こういうことが必要じゃないでしょうか」と提案する場面が、日本に比べて多いのだと思います。
また、『訪問看護指示書』のようなものということですが、医療指示は医師から必ずもらって医療行為を行います。薬の投与量や回数など、そういうことが書いてあります。ただ、どのくらいの頻度で訪問するか、看護ケアの内容など、看護や介護に関する点については、基本的に私たち看護師が決めています。
中川さん:
ありがとうございます。日本でも訪問看護指示書に沿って看護計画を立てますが、オランダもそれに近い部分はありますよね。また、少し余談にはなりますが、質問の冒頭で本の話が出てきましたね。ビュートゾルフでは、この『Self-management: How it Does Work』は教科書のようにして学ばれている本で、みなさん読まれていると、訪問したときに伺いました。
葉子さん:
セルフマネジメントの本は、『自主経営組織のはじめ方』として日本語でも出版されましたので、ぜひご興味がありましたらお手に取ってみてください。
私たちはチームとして”生きている組織”です。決まった枠内だけではなく、流動的に生きた組織として、自分たちが自分たちの組織をどういう風に成長させていくかというのが基本的な考えとしてあります。ここで自分たちが働きやすく、患者さんにとってもいい体制を常に考え変えていく。それがセルフマネジメントの基本でもあると私は理解しています。
Q.オランダにはケアマネジャーのような職種はいるのでしょうか。また、どのようにして訪問看護の利用がはじまるのでしょうか。
葉子さん:
先ほどお話した『Samen in de Wijkzorg』を、患者さんも家庭医も活用しています。なので、日本のケアマネジャーさんのように、医療と介護に振り分けるような人はいません。家庭医がまずはコアになっているのもあります。ただし、ケースマネジャーという職種はいます。なかでも高齢者や認知症の専門、精神の専門と分野があるのが特徴です。その人たちと協働することが多いですね。
中川さん:
オランダを含めた欧州の特徴でもありますが、ケアマネジメント自体には濃淡があって、日本のようにどんな重症度の方でも均等に一人ひとり扱いが同じとはなりません。今、葉子さんが話されていたように、軽症の方は「ヘルパーを頼もう」「デイサービスを使おう」と看護師さんたちである程度提案されていますが、より専門的で、重症の方になると専門のコーディネーターとしてケースマネジャーや専門チームがつき、トータルでコーディネートされることも多いようです。
Q.日本でも看護師不足でアジアなどから外国人採用をされているところもありますが、日本語の難しさや利用者さん対応など、いろいろと大変なことも多いようです。オランダは移民が多いとのことで、葉子さんも日本人として現場で活躍されるまでにさまざまな苦労があったかと思います、このように外国の方々を受け入れていくには、どのようなことが大事だとお考えでしょうか。
葉子さん:
オランダでもダイバーシティに関する問題、人種同士の摩擦は多いです。例えば、イスラム教の男性たちは、女性の看護師さんを受け入れないとか、イスラム教の女性たちは、男性の家庭医のところにはいかないとか。さまざまな人種が私の地域でも働いていますが、それぞれ摩擦を感じながら、それでもなんとかひとつの国としてまとまった行動ができないかと試行錯誤しているところです。
そのなかで重要なのは、外国人の立場や労働条件をしっかり確保してあげることではないでしょうか。日本でもそうですが、しっかりと賃金を払わなければ、気持ちよく働けないですよね。その人たちに対する人権と擁護、尊敬の念を忘れてはならないと思います。そして、この国をちゃんと理解してもらうという、そのトータル的な努力が必要だと実感します。
Q.コロナ禍で医療の適正化が注目され、本当は医療を求めていたわけじゃない人たちもいたのではないかと問題となりました。オランダでも過剰なケアに関して、訪問看護ステーションや保険会社の方々がどういう風に捉えていたのか気になりました。
葉子さん:
政府としても医療費を削減しなければいけないため、保険会社の役割は非常に大きいと思います。オランダでは最近、どういうケアサービスを提供しているのか、監査のように具体的な内容をチェックすることが行われるようになりました。私たちがやっていることは、エビデンスと理由がないといけないんだと、あらためて見直しをしたり、控えめな訪問看護体制を取るようにと指摘されたりしているので、気を付けているところです。ただ、ビュートゾルフのやり方は、医療保険を過剰に使っているんじゃないかという大きな批判が国内であったことも事実です。本当に人間性を大切にした仕事というのは、数字では現れないようなところもあり、悲しいところもあります。なぜ1日の訪問が3回なのか、その理由付けを的確にしないといけない。何のために何をしているのか、しっかりと見える化していかなければいけませんね。
中川さん:
葉子さん。さまざまなご質問にお答えいただきありがとうございます。この度はご参加された方々も貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
[文]白石弓夏