訪問看護の質を上げていくために。認定看護師が研究し続ける理由とは

訪問看護の質を上げていくために。認定看護師が研究し続ける理由とは

認定看護師には様々な分野のエキスパートがいます。今回お話を伺ったのは訪問看護認定看護師のKさん。訪問看護について分析し学会などでもご活躍されています。Kさんは訪問看護の必要性や可能性を広く世の中に伝えたいと言います。Kさんが訪問看護を研究し続ける想いを伺いました。

(※記事の内容は2022年12月取材当時のものです。)

■K・Eさん/訪問看護認定看護師・管理者/ステーション瑞穂

約30年名古屋の病院に勤めたのち、訪問看護に転職。訪問看護をさらに深めたいという想いから、子供の巣立ちを機に訪問看護認定看護師を取得。2020年にソフィアメディに入職し、ステーション瑞穂の管理者を務める。訪問看護師歴は16年。プライベートではトイプードルの愛犬と孫を可愛がっている。

諦めなかった原体験が自分の自信に

ーKさんはなぜ訪問看護師になったのですか?

元々、30年ほど病院に勤めていたのですが、病院時代、配属された産婦人科で産後のお母さんのご自宅への退院後訪問をしていたんです。

初めての子育てで不安を抱えているお母さんたちに自宅で関わる機会を持ち、お母さんたちが授乳が上手くできず、1人で悩んでいたり、夜泣き等のご不安ごとやお困りごとに対して、自分の専門知識が役に立てているという実感がありました。その経験から訪問看護の魅力を知り、訪問看護師に転向することを決めました。

ーKさんが訪問看護師として心がけていることはどんなことですか?

どんなお客様にとっても訪問時間、「来てもらってよかった」と思っていただけるようにその時間を最大限に活かしきることです。もちろん定期的な医療ケアを提供するだけでも訪問看護のサービスとしては成り立ちます。でも在宅医療の醍醐味は、お客様がご自宅で、その人らしい生活を過ごしながら、専門的ケアを受けられるというところにあると思います。お客様のご希望に対して自分の持ち得る情報を提供したり、お客様の実現したいことの大小に関わらず「やってみましょうか」と一緒にチャレンジしてみたりすることは在宅医療だからこそできることだと思います。だからこそ、「お客様の生活のために私が提供してさしあげられることは何なのか」と訪問の中で常に意識しています。

ーKさんがそのような姿勢を大切にされているのは、何か原体験があったのでしょうか?

初めて訪問看護でお看取りをさせていただいた時の経験が今の私の訪問看護師としての基盤を作っているように思います。

60代の末期がんの方だったのですが、声をかけても「嫌だ」くらいしか返してくださらず、どのように寄り添えばよいか悩んでいました。まずはご家族との会話の中で信頼関係を築き、ご自宅のお庭にある植物の話題に触れなから、医療処置である点滴が苦痛なく行えるように工夫して、毎回その方と心が少しでも近づけるようあの手この手を尽くして笑顔で積極的に関わるように努めていました。

そんな風に働きかけていたらある時「家族とよく行った思い出の東山動植物園に行きたい」ポロっとつぶやかれたんです。初めてお客様から伝えてくださった言葉に、「もしよかったら行ってみませんか?」とお伝えしました。しかし、ほぼ寝たきり状態だったお客様は「この状態じゃ行けるわけない」と諦めモードで…。1週間後には状態がどうなっているか分からないお客様のことを考えると、絶対叶えてさしあげたいという想いが強くなり、ケアマネさんや主治医、ご家族と相談を重ねた結果、リクライニング車いすで、ご家族と一緒に東山動植物園まで外出する手筈を整えることができたんです。その後も近所をリクライニング車椅子で大好きな植物を見に出かけたりなさって、安らかな最期を迎えられました。

あの時ふとした一言を見逃さず、そして、「行けたらいいですね」と会話の一つとして聞き流さず、お客様のご希望を叶えてさしあげられた体験は、自分が訪問看護師としてお客様が望む生活を実現してさしあげられるんだという自信になりました。

だからこそ、私が訪問で入らせていただいている時間は精一杯お客様に意識を向け、できる限りご希望を叶えてさしあげたいと思っています。

訪問看護の質を確実なものにするために。事例を紐解く重要性

ー認定看護師として学会などでも研究結果を発表されているKさんですが、どのようなことを研究されているのでしょうか?

私は実際のお客様の事例から多角的に分析し 、訪問看護における要素を抽出する研究を行っています。個別性の高い訪問看護ですが、それぞれの事例を分析していくと、共通の要素を見つけることができます。例えば、先ほどの末期がんのお客様で言えば、「なかなかコミュニケーションを取ってくださらないのはその人の性格だ」と捉えてしまいがちになってしまいます。しかし、目の前に迫っている死を否定したいからこそそれが行動に表れていたのかもしれません。死を受け入れられないフェーズの時、お客様がどのような心情になるのか、そしてどのような行動に表れるのか、そして私たちはどう行動すべきなのかなどを認識していると介入の距離感もつかみやすくなります。

ー共通要素を理解していれば、お客様の個別性とそうでない部分を切り分けられるのでよりお客様に寄り添いやすくなりそうですね。

そうですね。他にも在宅で看取りを実現できた22事例を分析し、その成功要因を抽出したことがあります。「苦痛症状の緩和」「本人、家族の最期を迎えたい場所の確認」「病状・死への本人・家族の需要段階に合わせた精神的な支援」などを含む全部で8要素があげられたのですが、これらが全てできていれば在宅での看取りを実現できる可能性が大きく上がることになります。ステーション瑞穂では実際に私だけでなく、スタッフもその要素を大事なポイントと捉え、情報を早めに集めてきてくれますし、何か相談事があった時にはこの要素を軸にして「何が足りていないか?そのためにどうするか?」と的確な論点で話し合うことができます。また、お客様に医療的なご説明をする際も根拠を持ってお伝えするとより深くご理解いただけるので、これまで訪問看護で抽象的だった部分を具体的な部分まで分析することの重要性を強く感じています。

ー訪問看護を多角的な面から研究されているKさんですが、他に訪問看護を行う上で重要だと考える要素はありますか?

多職種連携も在宅医療の重要な要素だと考えており、今後の研究ではこの多職種連携についてもっと深めていきたいと思っています。

在宅医療は、看護師、セラピスト、ケアマネジャー、主治医様々な職種の連携があってこそ成り立ちます。お客様の生活の中でケアを行うためには、それぞれの専門知識をそれぞれが提供するだけでは実現することができません。お客様に介入する際に「何を叶えればお客様は安心して過ごせるのか」という視点をそれぞれの職種が持っていることが大切です。

例えば、ただリハビリをするのではなく、「リハビリで足を治すことはこのお客様の生活の中でどう活かされるのか?」という視点を持って介入していれば、「おうちの中を自分で歩けるような福祉用具をケアマネジャーと相談してみよう」「足が治った時の楽しみとしてデイサービスに通えるように提案してみよう」など自然と多職種への連携が生まれていきます。足を治すことだけに意識を向けていてはそのような視点にはなりません。在宅医療に関わる関係者がその視点を意識するために重要な要素を共通認識を持てれば、より多職種が連携のしやすい在宅医療の環境が作れるのではないかと思っています。

お客様の生活をより良くする在宅医療を届けるために、訪問看護認定看護師として研究を続ける

ー訪問看護はお客様に寄り添う点が魅力だと思います。一方、世の中的により多くの方に医療を届ける「量」も求められていると思います。この質と量のジレンマを抱えていらっしゃる在宅医療者も多いですが、Kさんはどのようにお考えですか?

初めにお話ししたように、やはり訪問看護の醍醐味はお客様の生活を支えてさしあげられるというところにあると思います。でも一方で、訪問時間が限られている中で、より質の高いケアと量が求められます。そのジレンマを解消して訪問看護のやりがいに繋げていくためには、まずは各自が訪問時間の中で最大限、お客様に安心感や喜びをお届けしようという意識を持つことが大切だと思います。そうすることで、自然と関わり方が変わったり、看護の視点が広くなったり、お客様に寄り添う事が喜びと感じられるようになるので、決められた訪問時間の中でお客様に必要なケアの質を高めることができるようになっていくのだと思います。

ー認定看護師のKさんの視点から、今後の訪問看護の課題だと思うことを教えてください。

やはり訪問看護でできることがまだまだ世の中に伝わりきっていないことでしょうか。例えば小児の訪問看護の割合は少ないですが、私が最初産婦人科の訪問でやっていたように精神疾患のあるお母さんのサポートをしたり、障害のあるお子さんのケアや見守りを行ったりすることもできるかと思います。世の中的にはご高齢の方の需要が多く、今後も増えていくかと思いますが、それだけではなく、もっといろんな状況の人を幅広くサポートできると思っています。

訪問看護師として日々の訪問に伺うことも大好きですが、管理者としては初めて訪問看護を利用されるお客様に対して、住み慣れたご自宅でより安心・快適に過ごしていただける可能性が広がることをお伝えできること、アセスメントできることにとてもやりがいを感じています。「訪問看護の中でこういうこともできますよ」と伝えると、お客様からも「これはできますか?」と伝えてくださることもよくあるんです。

ー最後に、今後資格を活かして実現したいことはありますか?

やはり訪問看護は自宅という閉鎖的な環境でケアをするために、ソフィアメディ内でも他のステーションがどのように訪問看護を提供しているのか、ケアをしているのかが分かりづらい状態にあります。そのため、ステーション内で課題が解決できない場合、そのまま課題が残り続けてしまいます。訪問看護の質は経験値に比例すると思われがちですが、事例を分析すれば他の人でも活かせる大事な要素を沢山見つけられます。

事例を多く研究してきたからこそ、困難な事例があった時に私が伝えられることがあると思うので、様々なステーションでスタッフさんと一緒に同行し、アドバイスを行っていけたらと思っています。ソフィアメディ全体の訪問看護の質をもっと上げていくために、私が持っている知識を使って貢献していきたいです。

ーKさんの研究内容はきっと今後の訪問看護業界に新たな道を切り開いていくだろうと思いました!素敵なお話をありがとうございました!

個別性が高く、ブラックボックス化している訪問看護は質の向上が個人に寄ってしまうことが課題として挙げられます。しかし、Kさんは訪問看護事例を研究することで、その共通要素を分析し質の「見える化」に切り込んでいました。今後訪問看護の質の要素が見えていくことで、より質の高い在宅医療が多くの方に届けられる未来が来るかもしれませんね。