ウェルビーイングを実現するチームづくり:医療職の幸せな働き方と、幸せなチームづくりの実践例

ウェルビーイングを実現するチームづくり:医療職の幸せな働き方と、幸せなチームづくりの実践例

こちらは2022年11月18日に開催された、第4回となるソフィアメディ在宅療養総研セミナーのイベントレポートです。オンラインでは100名以上の方にご参加いただきました。

近年、働き方や生き方について語られるとき、ウェルビーイング(Well-being)という言葉を耳にすることが増えました。この度、幸福学研究の第一人者とも言われる慶應義塾大学大学院の前野隆司先生をお招きし、ソフィアメディからはウェルビーイング推進グループのマネジャーである看護師の宮地とソフィアメディCEOの伊藤が登壇し、ウェルビーイングについて、その実践例の紹介やパネルディスカッションを行いました。

前編では、前野先生よりお話しいただいた『幸せな働き方』と、宮地よりお話しした『幸せなチームづくり』についてお送りします。

登壇者プロフィール

<strong>慶應義塾大学大学院</strong><br><strong>システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授</strong><br><strong>前野 隆司</strong>
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授
前野 隆司
1962年山口県生まれ。1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、86年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より現職。2017年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。学問分野の枠を超え、「人間にかかわるシステムであれば何でも対象にする」「人類にとって必要なものを創造的にデザインする」という方針で研究・教育を行っている。
<strong>ウェルビーイング推進グループ グループマネジャー</strong><br><strong>看護師</strong><br><strong>宮地 麻美</strong>
ウェルビーイング推進グループ グループマネジャー
看護師
宮地 麻美
1972年群馬県生まれ。看護師歴21年。元々カウンセラーを目指して心理学を勉強していたが、精神医学や発達心理学に興味を持ち、障害児心理学を専攻。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格取得し、大学院へ進学。専攻した遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。回復期リハビリテーション病院に異動し、多くの摂食嚥下障害をもつ患者さまのその人らしさを大切しながら在宅へ移行する過程を看させていただき、ソフィアメディへ転職。訪問看護ステーション管理者として3年間従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。
<strong>モデレーター</strong><br>ソフィアメディ在宅療養総研 所長<br>中川 征士
モデレーター
ソフィアメディ在宅療養総研 所長
中川 征士

幸せな働き方について

中川さん:
モデレーターを務めさせていただく、中川です。まず『幸せな働き方』について、慶應義塾大学大学院の前野先生をゲストにお招きして、話を伺いたいと思います。前野先生、よろしくお願いいたします。

前野さん:
よろしくお願いいたします。いつもは1時間から1時間半で話す内容を、15分ぐらいでお話ししますので、少し駆け足になります。もし、興味があればYouTubeや書籍、ブログ、ウェルビーイング学会などでも記事がたくさんありますので、そちらもご覧ください。幸せな働き方については、『幸せな職場の経営学』や『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』という書籍が一番内容が近いかもしれません。もっと基礎を知りたければ、『幸せのメカニズム』や『実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス』という書籍もありますし、最近は『幸せな大人になれますか』という中高生向けの書籍も書きました。大変わかりやすくなっているので、大人の方もぜひ読んでいただければと思います。

まず、幸せな働き方についてお話しする前に、『幸せ』は英語でなんと言うかというと、ウェルビーイング(Well-being)とハピネス(happiness)、この2つの言葉があります。ウェルビーイングのウェルは「良好な」「健康」「幸せ」「福祉」などと辞書には書かれています。そしてビーイングは「状態」という意味ですから『健康で幸せな状態』、これがウェルビーイングの意味です。ただ、ハピネスはもう少し狭い意味で、「楽しい」「嬉しい」というような状態を指します。例えば、会社の理念や夢を理解して、チャレンジ精神があって、エンゲージメントが高くてやる気があり、思いやりがある状態。これはハッピーとは言わないですね、ウェルビーイングな状態。近年では、SDGsの目標3にも「すべての人に健康と福祉を(Good Health and Well-Being)」として、ウェルビーイングが使われています。今日私が話すのは、「サブジェクティブ・ウェルビーイング(主観的ウェルビーイング)」、幸せに働くとはどういうことかについて、お話ししていこうと思います。

幸せに働くと、どういう良いことがあるか。このような結果が出ています。

前野隆司様 「幸福感とパフォーマンスの関係」セミナー資料より引用

同時に、幸せを感じている人は、そうでない人に比べ、7.5〜10 年寿命が長いという研究結果もあります。幸せは予防医学です。「健康に気を付けましょう」と同じように、「みなさん、幸せに気を付けていきましょう」と、それが今日私がお伝えしたいことです。

それでは、みなさんは何のために働くのでしょうか。お金のため、生活のためだという方も多いかもしれませんが、実は地位財型の幸せは長続きしないことがわかっています。地位財とは、他人と比べられる財のことで、金、物、社会的地位などにあたります。例えば、みなさんが昇進して課長になったとします。課長になったといって、1年中喜んでいる人はそうそういないですよね。ある時点で、課長であることに慣れてきます。それから、次は早く部長になりたいと思うでしょう。ずっと右肩上がりで、給料が増えて、出世し続ければ幸せになれるかもしれないですけど、なかなかそうもいきません。では、どうすれば長続きする幸せが得られるかというと、非地位財である、安全、健康、心。つまり精神的、身体的、社会的に良好な状態を得ると、長続きする幸せが得られます。これがウェルビーイングですね。

前野隆司様 「幸福感の基礎」セミナー資料より引用

実は、日本は世界一安全で長寿の国でもあります。ウェルビーイングの視点からみてもけっこうレベルが高いんですね。ところが、心の幸せや世界幸福度調査では日本は先進国中でも下位にあります。ここはもっと高める必要がある、テコ入れする余地があるところだと思っています。それでは、どういうことが『幸せに働くための条件』かというと、私が明らかにした『幸せの4つの因子』というものがあります。それぞれ説明していきましょう。

①自己実現と成長(やってみよう!因子)

強みを活かして、主体的にやってみようと思って働く。やらされ感、やる気がない状態で仕事をしている人は幸福度が低いです。ひとつわかっているのは、視野が狭い人は不幸せで、視野が広い人は幸せだということです。あの有名なP.F.ドラッカーが著書『マネジメント』のなかで示した石切り職人の話はまさしくですね。石切り職人に対して、「あなたは何をしているのですか?」と聞くと、1人目は「これで暮らしを立てている」、2人目は手を休めずに「国中でいちばん上手な石切りの仕事をしている」、3人目は目を輝かせて空を見上げながら「大寺院をつくっている」と答えるエピソードがわかりやすいです。

②つながりと感謝(ありがとう!因子)

繋がりがあって、上司からも認められて、社会のためにも役に立っている、得意なことや強みもある。みんなのおかげだと感謝できると幸せです。反対に自分は世の中の役に立っているのか、自分は認められているのかと悩むような感覚は幸せではありません。だから、利他的な人は幸せです。ただ、これは自己犠牲とは違います。私は皆の役に立っている、ありがとうと言ってもらえてうれしい、やってよかった、仲間がいてよかったと健全な利他性であることが大切です。

③前向きと楽観(なんとかなる!因子)

なんとかなるぞとチャレンジしている人は幸せです。もうなんともなりません、自分には無理ですと仕事をしている人は幸福度が低いです。そのような人は、上司から難しすぎる仕事を与えられるとストレスになります。「明日までに絶対にやらないと許さんぞ」と言われるとやる気が出ません。でも、簡単すぎる仕事もつまらないので前向きになれません。その人にとってちょっと難しいくらいの仕事、これをやると幸せですし、「成長したね」「これは君にしかできないから頼むよ」と言うと、やる気が出ます。

④独立と自分らしさ(ありのままに!因子)

人と自分を比べすぎない人は幸せです。あの人羨ましいな、自分はダメだな、と勝ち負けにこだわっていると、幸福度が低いことがわかっています。人は人、自分は自分と自分の道を行って、ありのままに自分軸で働いて、生きている人は幸せです。

この4つの因子を満たすと幸せです。ひとつだけでは偏ってしまいます。ありのまますぎるとわがままになってしまいますし、利他的だけだと自己犠牲になってバーンアウトしてしまう。また、幸せはうつります。自分は不幸でもみんなが幸せならというのは、成り立たないんです。セルフコンパッション(self-compassion)といって自分への慈しみ、または自分への思いやりともいいますけど、自分を大切に自分を愛すること、これを大切にしていると、周りの人も大切にする、幸せの輪は広がっていきます。まずは自分が幸せであることです。強い自分と優しい自分、自分を愛する、みんなを愛するバランス、これが大事です。

ウェルビーイングを実践するチームづくり

中川さん:
続きまして、ソフィアメディからはウェルビーイング推進グループマネジャーの宮地さんより、実践例についてお話をお願いしたいと思います。

宮地さん:
宮地と申します。よろしくお願いいたします。私は現在のポジションにつく前に、ソフィアメディ訪問看護ステーション元住吉で管理者を務めていました。そのときのウェルビーイングなチームづくりの実践例についてご紹介していきます。

私は在宅の世界に入ったとき、夢を持っていました。地域のみなさんに安心してもらえるようなステーションにしたい、スタッフにもお客様にもケアマネジャーさんたちにも笑顔になってほしいと。しかし、私が管理者となった2019年には、診療報酬の改定もあり、在宅でも中重度の方を受け入れるような大きな転換期でもありました。当時のステーションは、土日や夜間対応などの体制強化のため、スタッフも忙しく、また漠然とした不安がついてまわっていました。管理者としてふがいなさを常に感じながら働く日々でした。そこに、2020年の新型コロナウイルス感染症の波が訪れます。通常業務だけではなく、コロナ禍でも課題は山積みとなりました。私はこのときに、覚悟を決めました。ステーションを笑顔いっぱいに変化させて、中重度でもたくさん対応できるステーションにする、これを絶対にやり切ると。

ここからは、私が意識したポイントです。

ソフィアメディ 「スタッフの心理」セミナー資料より引用

看護師やセラピストの仕事は労働集約型で、自分たちが頑張らなきゃいけないと、過度に自分を律する、相手本位に働くことで自己抑制や自己犠牲になりやすい特徴があると思っています。そのため、私はスタッフ自身も幸せになってもらうことを最も意識しました。スタッフ自身が満たされ、仕事が楽しい、仕事をしていて幸せだと感じられれば、自然ともっとお客様に貢献したい、ステーションの仲間が困っていたら助けようと前向きな気持ちが出てくると、そう思ったのです。

チームづくりで実践したことを、前野先生の4つの因子をもとに解説していきます。

ソフィアメディ 「幸せを高める4つの因子」セミナー資料より引用

①ありがとう!因子

例えば、「ただいま」と帰ってきたくなるステーションをつくる。訪問ではいろんなことがあります。嬉しいこともあれば、悲しいこと、くやしいことも。それを丸ごと包む場所でありたいと、誰よりも早く大きな声で「おかえり」「どうだった?」と声をかけていました。「いってらっしゃい」も同様です。猛暑の中、大雨の中でもスタッフはお客様のところに向かうので、「車に気を付けて」「身体に気を付けて」「何かあったらすぐに連絡して」など、あなたの命が一番大事だという想いを精一杯伝えるようにしました。また、ノーと言ってくれるスタッフに感謝することも大切です。ネガティブで言いにくい意見を伝えてくれるスタッフがいるからこそ、じゃあどうしたらいいか、どうやって工夫していこうかと考えることができます。

②やってみよう!因子

スタッフ一人ひとりの中にある、こういう看護がしたいという想いを、聞き出すことに集中しました。そして、話してくれたときにはいいねと伝え、何か一歩踏み出すきっかけになればいいなと思っていました。基本的には難しい案件も断らず、必要であれば管理者である私自身が訪問、アセスメントして、看護の方針を決める。スタッフが不安にならないようにサポートしてきました。また、自分の考えを押し付けるのではなく、みんなの看護を大切にしました。

③なんとかなる!因子

インシデント報告は、まず「報告してくれてありがとう」そして「つらかったね、大変だったね、次どうしようか」と感謝と労いの言葉を伝え、解決策をともに話し合うようにしていました。また、人によって得意なことや苦手なこと、バックグラウンドやライフステージも異なります。できないことがあっても気にすることはない、できるときにアクセルを踏んで頑張ればいい。訪問看護はひとりで訪問しますが、何かあったらなんでも相談していいと、安心できるチームづくりを意識していました。

④ありのままに!因子

スタッフとの会話を最優先にしていました。スタッフの発言や表情からそのスタッフのコンディションを把握し、自然と会話が増えることで、いつの間にかお客様の情報共有も進みます。その他にも、今日はコンサートがあるから早く帰りたい、息子の発表会なので休みをとりたいなど、プライベートなことでも事情を理解して応援しあえるようになりました。また、自分を犠牲にしない、自分自身も幸せになるようなやり方を考えようといつも話していました。コロナ禍ではもちろんお客様に感染させないこともそうですが、自分たちも守ることを意識していました。

これらを実践していた結果、年間で離職はひとりもいませんでした。また、働きがいに対するアンケートも高い結果となり、スタッフの働きがいが高まったことで、ステーションの雰囲気も良くなり、中重度のお客様もしっかりとみることができ、地域からの紹介もたくさん増えました。自分たちで高め合い、支え合い、学び合う、そんなステーションに生まれ変わりました。スタッフに自身の心を満たし、幸せに働いてもらうことを重要視した結果です。

中川さん:
ありがとうございます。コロナ禍で大変な時期もありながら、みなさんが一丸となって前向きに幸せに働き方に向き合っていく、この過程をお話しいただきました。

▼記事の後編はこちらになります

[文]白石弓夏