認知症ケアで大切にしているのは、その場の雰囲気づくり。ポイントは誰でもできる意外な方法

認知症ケアで大切にしているのは、その場の雰囲気づくり。ポイントは誰でもできる意外な方法

「認知症ケアでは、看護師の役割として”待つ”ことが大事」、そう話すのはソフィアメディ訪問看護ステーション香芝の管理者Hさん。香芝は2022年7月に新しく開設した、奈良県で2ヵ所目のステーションです。

今回は管理者のHさんに、これまで看護師としてどのように働いてきたか、認知症看護認定看護師の仕事や認知症ケアにまつわるお話について伺いました。認知症の患者様と関わる際に参考にしていただきたいポイントをHさんから伺ったので、ぜひ明日からのケアの参考にしていただければと思います。

<プロフィール>
■H.Sさん/看護師・管理者/ステーション香芝
広島県出身。HCU病棟、一般急性期病棟を経験。認知症ケアチームリーダーとして院内の認知症対応力向上を目指した活動を開始。2018年には認知症看護認定看護師を取得し、院内外での研修や講師を行う。2022年4月にソフィアメディに入社し、7月より新しく開設したステーション香芝の管理者を務める。趣味は散歩で、通勤途中に葛下川のカメとカモの家族の様子を眺めるのが好き。

文学部を卒業後、あることをキッカケに看護の道へ

──Hさんが看護師になったきっかけ、これまでの経歴についてお聞きしたいです。

Hさん:元々は大学の文学部に通っていて、医療とは違う道を考えていました。しかし、知人の医療裁判を患者側として手伝ったことがきっかけで、病院や医療業界の内側からだと、どう見えてくるんだろうと気になるようになったんです。就職するか大学院に行くかも迷いましたが、自分の興味関心に加え、安定した仕事として看護師という職業に行きつきました。

一か所目は京都の病院に就職し、4年間HCU(高度治療室)で働いていました。救急重症患者や術後のリカバリーをされる方など、いろんな患者様をみていました。その後、結婚して子どもが生まれたため、子育ての環境を整えようと、実家のある広島に戻りました。職場探しをしている段階では特別何がしたいとは思わず、なんとなく救急分野でガツガツ働く気はなくて。二か所目は、療養型病床と一般病床があるケアミックスの病院を選びました。

──そこから認知症看護認定看護師の資格を取ることになったのは、どのようなきっかけからですか。

Hさん:二か所目の病院で看護部長から「診療報酬で認知症ケア加算というものができるから、認定を取ってみる?」と声をかけられたことがきっかけです。一か所目の病院では、せん妄になる患者様が多く、身体抑制をする機会も多かったんです。どう接していけばいいのか、対応について悩むことがありました。そこで、ちょうど研修から戻ってきた老人看護専門看護師と関わる機会があり、せん妄の患者様への接し方や薬の調整の仕方などいろいろ教えてもらいました。なるほど……ちゃんと対処の方法があるんだと。ケアを通して認知症ケアは奥が深いなと思うようになりました。

看護部長から声をかけられて神戸で認知症看護の研修を受け、病院に戻ってからは『認知症ケアチーム』を作りました。毎週のように多職種でラウンドをして、日常生活自立度判定をしたり、「この患者様、抑制を外せないですか?」「困ったことはありませんか?」と声をかけたりしていました。私は数字を大事にしていたので、各病床における身体抑制率もしっかり出していました。医療療養病棟ではもともと45%くらいでしたが25%まで低下し、病院全体で見ると26%から9%まで下げることができました。

昔からあった地域という視点

──病院で認知症ケアに関する成果もあったなか、なぜ訪問看護の分野、そしてソフィアメディに転職されたのでしょうか。

Hさん:まず、子どもの学校の関係でまた京都に戻ってきました。そのときに、病院はもういいかなと思ったんです。学生のときのエピソードですが、もうすぐ施設に行くことが決まっていた患者様を受け持ったときのことです。患者様が「ラーメン屋で飲むビールが美味い」とおっしゃったことを看護師に共有しました。そうしたら、「飲ませてあげたらええやん」と返事をいただいたので、嚥下機能評価をした上でビールにとろみをつけて安全にビールを飲むというケアができました。しかし、学校では「何の根拠があってそんなことしたの?」と言われ、自分のなかではすごくもやもやしました。

人の命がかかっているから、規則が厳しいのは当たり前なんですけど、それにしても……という感覚はずっとありました。大学の頃も地域づくりに興味があり、子どもが集まれるような環境を整えるためにお寺と協力したりしており、その頃から地域という視点はあったかもしれません。結局そこに戻ってきたということです。

それで地域で働くことをいろいろ考えていたときに、ソフィアメディ創業者である水谷和美さんの『訪問看護の社長業』という本を買い、面白く読ませていただきました。だけど、事業計画を立てたり、経営のことを考えるのは自分には無理だ、それならソフィアメディに入ればいいと思い、2022年4月に入社しました。他に近隣の訪問看護ステーションも探しましたが、ソフィアメディの目指すVisionがいいなと思っています。結局、今では管理者になったので、数字をみたり経営のことも勉強して、地域連携活動などもわりと楽しくやっています。

認知症ケアにおいても看護師自身にとっても大切な、”待つ”姿勢

──認知症ケアについてもう少し詳しくお聞きしたいです。Hさんは二か所目の病院での成果について、スタッフの意識や能力がどのように変わったからだと思いますか。

Hさん:とりあえず”待つ”姿勢が身についたと思います。例えば、普段であれば「認知症の患者様が暴れています」「大変です、薬を出してください」「何とかしてください」のように、早期に対応しなければならないという気持ちで看護師は焦ってしまうと思います。しかし、「せん妄やからさ、すぐには解決できないよ」「抑制はいらないんじゃない?点滴は夜やめたらええやん」「2〜3日待ってみたらどうかな」と、一旦落ち着いて、待って考えることも大切です。もちろん突き放して、放置しろという消極的な意味ではなくてです。

だいたいの患者様はそれで落ち着きます。それで待てばいいんだと、認知症患者様への関わり方や経験を積み、少しずついい意味でおおらかになって”待つ”ことのできるスタッフが増えていきました。こうした雰囲気ができあがると、そのなかで認知症ケアに興味を持つ看護師が出てくる。その人に対してしっかりアプローチしていくと、さらにコアメンバーとして頑張ってくれるようになるんです。ちゃんと対処方法があると思うと、看護師は嬉しいものです。

私は、どこの部署でも、どのスタッフでもできる形にもっていきたい。難しいものではなく、シンプルなことを広めていきたいと思っています。それが、”待つ”ということ。みんなができるようになれば、認知症の患者様の療養環境はもっと良くなるんじゃないかなと思います。そのためには、患者様だけではなく、看護師自身にとってのアプローチも大切です。

例えば、イライラしている態度は、空気として他の人にも伝わり、職場の雰囲気が変わることもありますよね。患者様がせん妄で不穏な際に、看護師がイライラした態度で関わってしまうと、患者様はますます興奮してしまうという悪循環になるということはよく見かけます。私はリーダーシップをとることは得意ではないので、患者様と看護師のいる環境の空気を醸成していくことを意識しています。「どうか今日、この人が穏やかに眠れますように」「今日この看護師さんが穏やかにプリプリ怒らずに過ごせますように」と。

認知症の患者様を地域で見守っていくことができれば

──良い地域づくり、地域に住む認知症の方々が安心して暮らせるようになるために、考えていることはありますか。

Hさん:私は認知症看護認定看護師ではありますが、精神科の経験があるわけではないので、認知症だからといってなんでもできるわけではありません。ただ、個別の関わりで言えば、まずは「大変ですね」と相手の話を聞いたり、共感するところからはじめています。これは誰にでもできます。そして、訪問看護は毎日行くわけではないので、基本的にはデイサービスや施設、家族のように日々関わる人たちの認知症に対する理解や対応が変わってくることが大事だと思います。日々関わる人たちに対して、訪問看護師は一緒に対処方法について話し合ったり、フィードバックをし合ったりすることで、認知症の患者様や認知症ケアへの理解を深めていく役割があるかもしれないですね。あとは、外部のサービスに対して心を開けない方とか、家に引き込もっている方のなかには、看護師や医療者なら信頼があるから受け入れるというケースもあります。そういうところに入って信頼を得ることで、他のサービスに繋げていく、道筋を作る役割を担っていきたいと思っています。

地域の高齢化が進むなかで問題になるのが、認知症の方の疾患や合併症のコントロール。ご家族や介助者の方々が認知症を正しく理解して関わっていけるようにしていくため、地域への働きかけや環境づくりができればと思っています。その街の中で認知症の人たちが暮らしやすい環境づくりができる部分までしっかりと関われるようになったらいいなと、日々奮闘しています。

[取材]岡田紘平 [文]白石弓夏 [写真]スタッフ提供