ユーモアと笑いは、人生の満足度やその他の幸福と関係しており、疼痛やうつの軽減にも効果があると報告されています。ユーモアは単に相手を笑わせることではなく、相手の心の状態を穏やかにするとも言われており、日本におけるホスピス運動の草分けである柏木哲夫氏(大阪大学名誉教授、淀川キリスト教病院 相談役)は、緩和ケアにおけるユーモアの大切さを説いています。
今回、緩和ケア認定看護師を持つステーション千種の看護師Aさんと、3学会合同呼吸認定療法士やがんのリハビリテーション研修を持つステーション小竹向原の作業療法士Kさんに、緩和ケアにおいてなぜ「ユーモア」は必要なのか対談を行いました。
後編では、緩和ケアの場面で「ユーモア」がどのように活かされるのか、また日々の仕事やチームづくりにも活かすことができるのかについてお話を伺いました。
(※記事の内容は2022年8月取材当時のものです。)
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看護師・看護主任/ステーション千種
作業療法士・リハビリ主任/ステーション小竹向原
「ユーモア」をケアの場面で用いる重要性
──最後の問いかけになります。
お客様の根底にあるニーズを引き出すには、相手との距離を縮めたり、壁を溶かすためにユーモアが役立つという話をしてきましたが、今までの対話を通してどのように感じますか?
Kさん:終末期で余命を宣告された方のなかには、「もう自分は先がないからいいや」のように達観されてしまうことがあります。そのように諦めてしまっている部分を引き出していくための方法としてユーモアは必要だと思っています。
病院に勤めていた時に、筋萎縮性側索硬化症で呼吸器も装着されている患者様の担当をした際に、「僕はもうこのまま死んでいく、家族にも特にこれ以上求めるものもない。みんなよくやってくれてるからそれでいいです」とおっしゃる方がいました。ご本人も「先がないからいいや」という気持ちが強かったのですが、残されていくご家族のことを考えると、全員が思い残すことなくどのように亡くなっていくか、ということを大切に考えていました。
その方の背景を探っていくなかで、病前は毎朝コーヒーを淹れるのが日課だったということを知りました。そこで「どういうキッカケで始めたんですか?」という質問から始め、「ご自分で淹れた味は格別なんですか?」という話をしてみました。残り何日か、という状況では少し気の抜けるような質問だったかもしれません。しかし、その質問に『本当はもう一度、僕が淹れたコーヒーをみんなに飲んでほしいんだ』という声が聞かれ、実はご本人も心のどこかでまた生きたい、こんなことをやりたいという要望が出てきたとき、これはまさに作業療法の出番だと思いました。この方にはまだできる力があったので、ご自宅からミルやコーヒー豆を持ってきていただき、スタッフ全員分のコーヒーを淹れてみるのはどうかと病棟の師長に相談をしました。しかし、許可をもらった翌日に急変し、叶うことはありませんでした。
その時、達観している方の言葉を聞いて、私たち医療従事者が諦めてしまうのではなく、そこで一歩踏み込んでいくためにユーモアを活かすのはすごく大事なんだと感じました。
──ユーモアという言葉には、相手を楽しませるようなイメージがありますが、そのためには視点の切り替えや発想力も必要になりますよね。Kさんが相手の背景をしっかりと捉えたことで固定観念を解きほぐしたり、普段とは違う気づきを与えるユーモアを含んだ質問をすることができたのかもしれませんね。
Kさん:入院していると病人という役割を無意識に演じてしまうことがあるため、そこから一旦離れ、ご自宅にいるような感覚を呼び起こすようなことも大事なのではと思っています。
Aさん:今の話を聞いて、やはり「ユーモア」はその人にとっての希望を見出す手段だと感じました。達観した状態から「コーヒーを淹れるのが趣味」ということを引き出せたのは、Kさんのユーモアがあったからこそ。そういう手段として、ユーモアが使えるっていうのを改めて思いました。
──「ユーモア」には楽しませるという意味合いが含まれているので、ポジティブな状態を引き出す際に活かせますね。
Aさん:最後に苦しんでばっかりだと、残されたご家族も「あれで良かったのかな?」という後悔の念の方が強くなると思います。やはりご本人が穏やかに笑顔で過ごせてるところを見ることができると、残されたご家族も「あれでよかったね」と感じていただけます。お看取りやエンゼルケアの場面に立ち会うことがありますが、亡くなった直後でもご家族が笑顔で過ごされることがあり、私はそれを『ユーモアの連鎖』と思っています。
──お看取りの際、暗い雰囲気にし過ぎてしまうよりも、場を温める意味でもユーモアは有効ですね。
Aさん:緩和ケアのアウトカムは、残されたご家族が最後どのように感じたかという部分でしか判断できないため、私たちがどのような振る舞いをしてご家族に安心や達成を感じていただくかが重要なのでは、と常々思っています。
──対談前は漠然としていた「ユーモア」の活かし方がとても具体的になりましたね。
ステーションを和ませるユーモア「裏流行語大賞」とは?
──お二人は主任という役割から、日々スタッフやステーションのことを気にかけていると思いますが、そのような際にもユーモアは役立つのでしょうか?冒頭にKさんがステーションでボサノバをかけられていた話もまさにユーモア溢れるエピソードだと思うのですが。
Kさん:それで言うと「裏流行語大賞」というのを個人的にやっています(笑)。この一年、ステーションのなかでどんな流行りがあったか、スタッフの口癖や名言はどのようなものがあったかということを書き留めています。独断と偏見でグランプリを決め、それを仕事納めの日に全員の前で表彰しています。ノミネートされた言葉を全員でみながら「この時こういうお客様いらっしゃったね」「こんな話で盛り上がっていたね」と一年を楽しく振り返るキッカケになっています。
──ユーモアを含んだ良い振り返りの場ですね。
Kさん:グランプリを目指して、コミュニケーションの機会を意識的に増やすスタッフや、グランプリを目指してちょっと良いことを言おうとするスタッフもいるので、みんなに楽しんでもらえていますね(笑)。
Aさん:私はシンプルかもしれませんが、自分自身が元気でいることを意識しています。今はコロナ禍の影響もあって、ステーションにスタッフが集まる機会が少ないので、できるだけ全員とLINEやチャットでコミュニケーションをとるようにしています。仕事に関するやり取りだけでなく、くだらない内容も多いですが。
Kさん:僕もチャットをよく活用していて、道端で季節の花を見つけたら写真を撮って共有しています。その際、「外出が難しいお客様がいらっしゃったら、この写真を見せて季節を感じてもらってください」と送ると、実際に試してくれるスタッフも中にはいますね。
──まさに「相手本位」を感じるユーモアですね。
Aさん:それと、私はステーションでミニトマトを育てています!
全員:(笑)。
──それは、どういう意図で始められたんですか?
Aさん:ステーションに飾ってあったお花を私がすぐに枯らしてしまい、スタッフが落ち込んでいるのを見て、家庭菜園を始めよう!と思ったのがキッカケです。結局、スタッフに水やりをお願いしているのですが(笑)。
──花ではなく、野菜なんですね。
Aさん:それは「花より団子」だからですよ。
全員:(笑)。
Aさん:ステーションの入り口にトマトの苗を置いているのですが、出勤したときに「トマトがどれくらい大きくなったかな」と気になったり、それをキッカケで話が盛り上がったり、何かクスッと笑顔になっているのを見ると、やってよかったなと思ってます。最初は私がトマトを食べたかっただけなんですけどね(笑)。
──訪問場面に限らず、いろんな場面で心温まるユーモアを発揮されていますね!とても楽しい対談、ありがとうございました!
[取材、文、写真]岡田紘平 [写真]一部スタッフ提供