今までの歩みから見えてきた家族への想い。言語聴覚士としての提案力

今までの歩みから見えてきた家族への想い。言語聴覚士としての提案力

私たちが生きていくことと「食べる」ということは切っても切り離せません。平成8年度高齢者の健康に関する意識調査結果によると、生きがいを感じるのは「友人や知人と食事、雑談をしている時(28.5%)」「おいしい物を食べている時(17.4%)」と報告されています。

在宅生活において、食べることを支える専門家である言語聴覚士。しかし、訪問看護に従事する言語聴覚士の数はまだまだ少なく、訪問看護ステーションに勤める職種のなかで常勤換算すると全体の1.4%と貴重な存在です。今回はソフィアメディ訪問看護ステーションで働く言語聴覚士の一人であるSさんにお話を伺いました。言語聴覚士を目指したキッカケや訪問看護における役割や働き方、そして家庭との両立について答えていただきました。

<プロフィール>

■S.Mさん/言語聴覚士/ステーション宮前

兵庫県出身。祖父母を看取るも、その時の関わりが正しかったのか心残りがあり、社会人経験を経て言語聴覚士を志す。回復期リハビリテーション病院、訪問看護ステーションの経験を経て、2020年1月にソフィアメディに入社。現在はステーション宮前に所属。平日は仕事と育児を両立し、週末は子どもたちと遊ぶ良きパパ。

(※記事の内容は2022年4月取材当時のものです。)

言語聴覚士を目指すキッカケは祖父母のお看取り

──Sさんが言語聴覚士を目指されたキッカケを教えてください。

Sさん:言語聴覚士を目指したのは社会人になってからです。当時、祖父母の体調が優れず、二人とも胃瘻が必要な状態でした。しかし、どちらも90代と高齢で意思疎通も難しかったので、私と父と母とで話し合い胃瘻を作らない選択をしました。

その後、祖父母を看取ったのですが「あの時の選択は本当に正しかったのか」とずっと心残りでした。そんな心のモヤモヤを解決したいと思い、26歳のときに言語聴覚士を志しました。

──言語聴覚士を目指す前はどのようなお仕事をされていたんですか?

Sさん:学生時代はユニクロでアルバイトをしており、そのまま正社員になりました。そこから新幹線や特急車両の中にトイレを設置するメーカーに転職しました。

──ユニクロからトイレメーカーとはすごい変化ですね!その転職をされたキッカケは何だったんですか?

Sさん:元々、服が好きだったのでユニクロで楽しく働いていたのですが、接客以外で社外の人と関わる機会がほとんどなく、名刺交換をしたこともありませんでした。もっと社外の人と関わる機会や交渉をする経験がしたいと思い、転職活動をしていたときに偶然見つけたトイレメーカーの会社に転職することになりました。

製品の説明や価格交渉のためにJRや小田急電鉄、西武電鉄を訪問することが多かったです。新型車両が出る際には試験車両に乗せてもらい、車両のどこにトイレを設置するかを話し合うこともあり、とても面白い仕事でした。

当時の社長が持病をお持ちの方だったので、医療や介護の重要性について共感してくださっていました。私が「言語聴覚士になりたいと思っているのですが」と相談すると、「それなら専門学校に通う資金が貯まるまでうちで働きなよ」と応援してくださいました。

無事学費が貯まり、2011年に全日制の専門学校に入学することができました。

──全日制ということは、トイレメーカーは退職されたんですね。

Sさん:社会人から専門学校に通い直すにあたり、やはり学費がネックでした。いろいろ調べてみると地元の専門学校は学費の負担が少ないことがわかり、退職をして実家に戻りました。学校が淡路島にあったので、はじめのうちは電車とバスで往復3時間かけて通学していたのですが、やはり大変だったので途中淡路島で一人暮らしをしていました。

──なかなか遠いですね。専門学生時代はなにかアルバイトをされましたか?

Sさん:母が訪問介護員の仕事をしていたこともあり「介護の免許はいつか使えるから取っておいた方がいい」と言われ、高校を卒業するタイミングで「訪問介護員養成研修2級免許」を取得していました。

介護の免許を持っていたので、専門学校の系列にある老人介護保健施設で放課後にはオムツ交換や利用者さんが入眠するまで職員たちの補助業務を行い、土日は利用者さんの食事介助やデイサービスのヘルプも行いました。

──アルバイトで身体介護やセルフケアの援助を経験されると、授業や臨床実習の場面でも活かせそうですね。

Sさん:その時の経験は今でも活かせていますね!例えば、リハビリ中にお客様が便を漏らしてしまっても、慌てることなくケアすることができています。

また、介護の立場で利用者様の食事介助をしているときは、限られた時間内に食事を終えなければいけないため、スピードや量を意識しながら行っていました。しかし、言語聴覚士の立場だと、誤嚥するリスクがあることがわかるのでゆっくりと丁寧に食事介助をします。

両方の立場を経験したからこそ、今は介護員さんの気持ちや視点にも立ちつつ、何と伝えるのがいいか考えることができています。やはり、毎日ケアをしてくださる介護員さんへの配慮は欠かせませんね。

営業経験で培ったコミュニケーションスキルを活かす

──専門学校を卒業されてからはどうされたんですか?

Sさん:実家からまた東京に戻り、千葉県にある回復期リハビリテーション病院に入職しました。病床数は約200床あり、セラピストも全員で180名ほど在籍する大きな病院でした。言語聴覚士の先輩も30人以上いたので困ったことがあれば相談しやすかったです。教育体制も整っており、指導の担当者もいたので専門的な支援もしてもらえました。

また、病院の特徴として嚥下内視鏡検査(以下、VE)や嚥下造影検査(以下、VF)を多くやるところだったので、入職一年目の頃からVEやVFの経験をたくさんやらせてもらいました。

──そのときの経験は訪問看護に来てからどのように活かされていますか?

Sさん:在宅では設備がないのでVEやVFを行うことはできませんが、お客様の嚥下がどのように行われているか仮説を立てるのに役立っていますね。また、病院で看護師さんと一緒に吸引をする機会が多かったので、在宅でも自信を持って吸引が行えているのは病院経験のおかげですね。

──訪問看護に興味を持たれたのはいつ頃になりますか?

Sさん:回復期リハビリテーション病院でさまざまな経験ができるのはとても有難かったのですが、患者様が退院されたかと思えば、また違う方が入院してと、日々の変化が目まぐるしかったですね。だから、一人の患者様に対して丁寧に向き合うことができているのか自信がありませんでした。

私が勤めていた病院では訪問看護も運営しており、たまにサポートに行く機会がありました。そこでは相手が必要としているリハビリのプランを一緒に考えることができ、ご本人だけでなくご家族にも寄り添いながら関わっていくことにやりがいを感じていました。

もっと相手が望むようなケアをしたい、じっくり向き合いたいという気持ちから、回復期リハビリテーション病院を1年半で退職し、神奈川県にある訪問看護ステーションに転職を決めました。

──言語聴覚士になられて1年半での訪問看護に不安はありませんでしたか?

Sさん:私の入職した訪問看護ステーションには10年以上在宅で働かれている言語聴覚士の方がいたので、そこまで不安は感じませんでした。一人ではないという安心感や困ったときには相談したり確認ができたので、むしろ前向きに学ぶ気持ちでいましたね。

──訪問看護に転職されて、患者様との向き合い方に変化はありましたか?

Sさん:そうですね。一人ひとりとじっくり、ゆっくり関わらせていただくことができました。病院に勤めていたときは立場上、医療的に望ましいことや何かアドバイスをしなければと思うことが多かったのですが、訪問して実際の生活場面を知ると意識が変わりましたね。

お客様が住み慣れた自宅で自分らしく生活されているところを見ると、自分が正しいと思っていても、相手にとってはそれが正しいとか正しくないというモノサシではないんだと気づきました。考えられるリスクや影響などをお伝えした上で、お客様とご家族が話し合って決めたことであれば、それも一つの選択だと思っています。

病院では患者様に対して、食形態や食べ方、味付けの工夫などをお伝えすることが多いですが、家に帰ると昔からの習慣や好みもあり、なかなかお伝えしたことを守っていただくのは難しかったりします。

昔、定食屋さんを経営されていたお客様は、食事の時間が限られているので5品を5分で完食すると仰っていました。そのような方に対して「誤嚥するリスクが高いので、よく噛んでゆっくり食べるようにしてください」とアドバイスをしても、なかなかそのようにはしていただけませんね。

──そのようなときは、何か伝え方の工夫などされますか?

Sさん:ただ紙に書いてお渡しするだけでは継続的に見ていただけないことが多いので、食札のようにテーブルの上に立て掛けられるものを作ってお渡ししています。食事の際にいつもより気をつけてくださったり、ご家族の目にも止まりやすいのでみなさんご一緒に取り組んでいただけますね。

Sさんが作られた指導表

──たしかにこれはわかりやすいですね!なかなか続かない自主トレーニングの指導にも役立ちそうですね。

Sさん:そうですね。しかし、自分自身を例に考えたとき「今年から毎日筋トレをやるぞ」と決めても、実行したり継続することが難しかったりします。頭ではやった方がいい、身体に良いとわかっていてもやれなかったりします。

それならば、運動する日だけでなく休む日もしっかり作り、メリハリを付けた方がいいと思っています。お客様に自主トレーニングをお伝えする際にも「無理をして毎日取り組もうとしなくても大丈夫です。今日は休みたいという日があっても良いと思います。ただ、そのときに休んだ日の分も増やして取り組む必要はないので、無理せず取り組んでいきましょう」とお伝えしています。

──相手に何かを伝えるときの工夫はトイレメーカーでの経験が役立っていそうですね。

Sさん:たしかに鉄道会社によって「こういう見せ方の方が良さそう、ここの会社は真面目な伝え方のほうが共感してもらえそう」のように、どう伝えればいいか意識していたので、まさに営業経験が役立っていますね。

曜日やお客様ごとに資料を整理する几帳面さ

ソフィアメディでの働き方、そして価値観の変化

──ソフィアメディに入社されたのはいつですか?

Sさん:2020年1月です。前職の訪問看護ステーションはスタッフや環境にも恵まれてとても働きやすかったのですが、自宅から遠かったので通勤時間が長くなってしまうのがネックでした。第二子の妊娠がわかったタイミングで、今までよりも家庭と仕事のバランスを考えるようになり、自宅から通いやすい今のステーションを選びました。

──今の働き方や育児とのバランスを教えてください。

Sさん:共働きなので、家事や育児を妻と分担しながら行っています。洗濯物を畳んだり、子どもたちを保育園に送るのは私が担当しているので、朝は5時前後に起きることが多いですね。子どもたちに朝食を食べさせている途中で妻が先に出勤するので、片づけや登園の準備をして8時半ごろ家を出ます。

保育園は自宅と訪問看護ステーションの中間にあるのでとても通いやすくて助かっています。それでも、家を出る瞬間に子どものオムツ交換が必要になることもあり、そういう日は慌ただしくて出勤時間もぎりぎりになってしまいますね。ステーションのみなさんには「Sさんは来てないけど大丈夫なのかな?」と心配をかけてしまったりもします。

──朝からかなりお忙しいですが、訪問には1日何件くらい行かれるんですか?

Sさん:最近は1日4〜5件ぐらいです。1件目の訪問が9時台のときは、子どもたちの登園でバタつくと、ステーションに着いてから荷物と訪問車の鍵を持ってすぐ出ていくことになりますね。

──保育園のお迎えにも行かれるんですか?

Sさん:妻がお迎えに行ってくれるのですが、仕事の状況によっては私が担当することもあります。そういう日は妻から昼ごろにLINEで「今日はちょっと終わらなさそう」という連絡があるので、残業せず帰れるように意識しながら仕事をしますね。

最後の訪問を終え、ステーションに戻ってきてからまたバタバタとその日のまとめをして、定時になったら「もうすいません!」と言いながら急いでお迎えに行きます。慌ただしい日は朝も帰りも謝ってばかりですね(笑)。

──平日は仕事と育児、家事の両立でお忙しそうですが、休日はどのように過ごしていますか?

Sさん:回復期リハビリテーション病院は、平日だけでなく土日や祝日にもリハビリを行うため、まとまった休みが取りにくかったのですが、今は土日休みで子どもたちとたくさん過ごすことができています。

一緒に公園に遊びに行ったり、最近は子どもが習いごとでスイミングを始めたのでその送り迎えをしています。

──お子さんと過ごされる週末の存在も訪問の原動力になりそうですね!

Sさん:そうですね。自分たちが住んでいる地域で訪問をしているので、地域への貢献やそこで育っていく子どもたちの役に立っていると思うと中途半端な仕事はしたくない、と改めて気合が入りますね。

──最後に、Sさんが言語聴覚士を目指したキッカケは「祖父母への選択に心残りがあったから」と仰っていましたが、言語聴覚士になられてからその想いに変化はありましたか?

Sさん:言語聴覚士になっても、やはりあの時の選択が正しかったのか答えは出ませんね。

ただ、今になって思うのは祖父母の意思表示ができるうちにもっと話し合ったり、胃瘻を造る場合と造らない場合のリスクを多方面から考えてあげられればよかったと思いますね。

──以前は漠然とモヤモヤしていたものが、言語聴覚士になり、さまざまな臨床経験を通して考え方の幅が広がられたんですね。

Sさん:そうですね。「これだ」という確固たる答えをあえて持たないようにするのも大切だと思っています。お客様やご家族にアドバイスをさせていただくときにもそれは意識していて、どちらの選択肢があってもいいんだ、と。

専門職である私たちは、メリットとデメリットをしっかりとお伝えし、それがお客様やご家族がどうすればいいか判断する材料の一つになれればいいなと考えています。

──ご自身に悩まれた経験があるからこそ、しっかりと検討して決められるようさまざまな選択肢をお客様やご家族にご提案することができるんですね!

Sさん:在宅の場面では、お客様だけでなく、ご家族との関わりも重要になります。専門職側の意見だけでなく、毎日のケアや介護をされているご家族の想いや価値観も大切にしながらご提案したいですね。

──ご家族想いのSさんらしい考え方ですね!

ソフィアメディが大切にする行動指針の一つに「お客様第一主義に徹し、常に相手本位に行動する。」というものがあります。お客様、ご家族想いのSさんは、まさにこの行動指針通り。その土台となっているのは、祖父母との関わりのなかで感じた心残り、営業経験のなかで培われた相手への提案力、そして子どもたちとの関わりなどが混ざりあって築かれているようにインタビューを通して感じました。

[取材・文・写真]岡田紘平 [一部写真]本人提供