「推しは一番星」オタク趣味30年のなかで生まれる仕事と家庭の相互作用

「推しは一番星」オタク趣味30年のなかで生まれる仕事と家庭の相互作用

アイドルファン界隈から使われ始めたとされる「推し」という言葉。現在では、その対象はアイドルに留まらず、俳優、声優、アーティスト、スポーツ選手、YouTuber、漫画やアニメのキャラクターの他、なかには鉄道や仏像といった幅広い「推し」を持つ人たちがいます。2021年には新語・流行語大賞にもノミネートされており、コロナ禍で憂鬱な毎日を「推し」の支えで乗り切っている方も多いのではないでしょうか。

そもそも「推し」とは何なのか。「推し」とは「他の人にすすめること。また俗に、人にすすめたいほど気に入っている人や物」(デジタル大辞林より)のことを指しています。「推し」とは単純な「好き」では言い表せない、もっとそれ以上に尊さや美しさのような熱い想いがそこにあり、人生を彩る存在とも言えるのかもしれません。

訪問看護を通してお客様の「生きる」を看る私たちですが、そんな私たちの「生きる」を支えてくれる存在が「推し」というスタッフもたくさんいます。この連載では、ソフィアメディで働く人たちの「推し活」事情についてインタビューをしていきたいと思います。

今回の「推し」は…

第3回目は、“学生時代からずっとオタク”で同人活動もしているというMさん(仮名)から、「推し事」や「仕事や私生活への影響」などについてお話を伺いました。

(※記事の内容は2022年4月取材当時のものです)

推し活」という言葉が出てくる前からのオタク

──Mさんにとっての推し活について教えてください。

私は学生時代から活動しているので、オタク歴は約30年。「推し活」という言葉が出てくる前からのオタクになります。もしかしたらいまどきの「推し活」とは少しイメージが違うかもしれません。

私にとって、作品を見たり、買ったりして楽しむこと、同人誌を作ることの一部が「推し活」ではないかと思います。そのなかでいま一番萌えている、推しているのは「血界戦線」の主人公であるレオナルド・ウォッチくんです。特殊な能力を持つ仲間たちとは違い、彼は唯一の力を除いてごく普通の少年です。だけど、作中のような非日常のなかにおいては、普通って「非凡」ではないかとも思います。連載当初から変わらずずっと好きでいられるのは、どんな状況や困難な場面でも、前に進むことを選ぶからです。原作漫画もアニメも大好きです。

原作漫画
舞台DVDとアニメDVD

血界戦線の作品が大好きすぎて、そこから自分でも絵を描いてみたり、漫画のコマとコマの間を想像してみたり…。漫画を描いて、同じ趣味の友達と「こんなやりとりがあったら萌えるよね」と一緒に楽しみ(二次創作)、それでさらに原作が好きになる。この繰り返しが、私の「推し活」です。

──オタクのきっかけとなった作品などはありますか。

中学のときに観たアニメ「赤い光弾ジリオン」です。主人公のJJが好きで、その声をあてていた声優の関俊彦さんのファンになり、放送後も別のアニメを次々と観るようになりました。同時期にアニメ専門雑誌の存在を知り、アニメ雑誌を買うようになると、そのなかにアニメグッズを売っている専門のショップがあることに気づき…と、一気にオタクの世界を広げていきました。当時、学生だった私にとって雑誌は高価なものだったので、学校では図書委員になり、図書室に「アニメディア」と「アニメージュ」を入れてもらうこともありました。インターネットも存在しなかったので、オタク情報はひたすら手探りでしたね。

──アニメの声優さんなども好きなのですね。

声優さん”も”好きです。アニメは絵が動いてキャラがしゃべる、その制作工程の全てにプロがいて、それぞれに自分の「推し」がいます。そうして多くの作品に触れるなかで、

「サンライズやボンズのアニメには好きな作品が多いな」
「アニメーターである川元利浩さんの絵カッコイイ大好き」
「レオナルド・ウォッチ役が阪口大助さんとか最高」

と、自分の好みが集まっているその先に「血界戦線」があるので、いま好きでいることが本当に楽しいです。

──同じ趣味の友達とはどのように繋がるのですか。

いまはほぼTwitterですね。一昔前なら個人サイトやブログを訪問していました。趣味のアカウントでゆるく萌え語りをしたり、自分たちが描いた絵や漫画をそこで見せ合ったりするような交流を主にしています。

素敵なファンアートには感想文も送りますし、日々交流していくうちにもっとこの人とお話したいなって思ったら、舞台やコラボカフェ、イベントなどリアルで会えそうな機会にお誘いして、一緒においしいものを食べに行くこともあります。オタクの友達は、本名や年齢、住まいや仕事などは詳しく知らない人が多く、その辺りはバラバラなようですが、同じ趣味ではがっちり共通事項を持っているのは面白いです。

──同人活動についても少し教えてください。

私はずっと二次創作の活動をしています。好きな漫画やアニメ、ゲームなど、まずは原作ありきで、そこからパロディやif作品と広がっていきます。表現方法には小説や漫画などがありますが、私が描くのは漫画です。描いた漫画はネットでも発表しますが、コミケなどの同人誌イベントに参加するのも好きなので、そこでの活動がメインです。

作業スペース

イベントに参加するまでには準備することも多く、仕事や家庭が忙しいとなかなか満足のいく結果が得られないこともあります。だけど、参加すると

「すごく楽しい!」
「元気とやる気をいっぱいもらった!」
「アフターのビールが美味い!」

そんな充実感とともに、終わった瞬間に次回のイベントのことを考えながら、日常に切り替えていきます。私にとってコミケやイベントの日は、「ハレの日」という気持ちです。

オタク趣味を持つことで仕事や私生活への影響は?

──いまのお仕事について教えてください。

ステーションで医療事務の仕事をしています。毎月のレセプト作成と日々の電話応対や契約準備、単発の業務などが主な仕事です。

──職場ではオタク趣味であることは話しているのですか。

いまのステーションでは、初日にオタクだとバレました。職場でオタクだと言って、後々後悔することもあったので、言うかどうかは様子をみようかと思っていたのですが…。管理者の方が明るく話しやすい雰囲気で、とても聞き上手だったので、ついしゃべってしまいました。勤務初日にオタクだとバレたのは最短記録です。振り返ってみると、他のスタッフも何かしら趣味や好きなものを持っているから、その雰囲気を初日から感じていたのかなとも思います。

──オタクや同人活動、それぞれ仕事や私生活でどのような影響がありますか。

趣味を一番謳歌していた20代の頃の自分と比べると、時間の感覚はだいぶ変わってきています。まず、勤務時間内はとにかく仕事に集中したい。家に帰ったらちゃんとご飯も作りたい、家事もしたい。特に平日はきちんと睡眠時間も取りたい。仕事と私生活、どちらも大事なので、趣味の割合が減っていました。だけど、いまは趣味の時間をもう少し取るために、日々模索しているところです。例えば、iPadとApplePencilを買ったので、外でもパソコンと同じ作業ができるように環境を整えました。通勤電車の片道40分でメールの返信をしたり、漫画のネタを考えたり、勉強の時間に使ったり…と、いろいろ工夫しています。でも、本音を言えば、趣味のためには1日あたり100時間くらいは欲しいところです。

──オタクや同人活動によって、医療事務の仕事に役立ったことはありますか。

「それが何の役に立つのか」は少し苦手な言葉です。オタクと言えば、アニメや漫画、ラノベ、ゲームと、私の親世代からしたら役に立たないものの代名詞でしたので、そう聞かれるとギクリとしてしまう自分がいます。でも、役に立てる必要がないものを楽しむことって、日常に余裕がある時でしかできないことだと思うのです。過去には、オタクコンテンツが楽しめずにいた時期もありました。そういうときは、だいたい自分が無理をしていて、疲れてしまい、一度立ち止まって休んだり、転職をして環境を変えたりした方がいいタイミングだったと振り返ることができます。個人的にはそういう面で助けられています。

自分の事務技能は、オタク作業で鍛えられているものが大半なので、もし仕事で私がいてよかったという場面があったら、役に立ったといっていいかもしれません。パソコンやiPadの使い方に困っていたら相談に乗ることもありますし、インタビューで一回分のネタを提供できるくらいにはいろいろと経験しているので(笑)。

──Mさんにとって推しの存在とは、今後やりたいことなどはありますか。

推しは頭上にある、明るい一番星のような存在です。仕事も趣味も力いっぱい楽しむために、いまは目の前のことを頑張りたいと思っています。仕事では段取り力を上げたい。医療事務についてもっと勉強したい、知識をすぐ取り出せるようしっかり身につけたい。推し活動では、もっと早くもっと上手く、面白い漫画をたくさん描きたいです。それから、漫画の影響で英語の勉強も少し始めました。血界戦線の舞台は元ニューヨークなのですが、ニューヨークのことを調べつつ、いまは通勤中に英語アプリで遊びながら学んでいます。いつか聖地巡礼に行けたらいいなと、こっそり思っています。まだまだやりたいことはたくさんありますが、原作を応援しつつアニメの3期のお知らせが来ることを夢見て、仕事も趣味も引き続き頑張りたいです。本日はありがとうございました!

──Mさん、ありがとうございました!

[取材・文]白石弓夏 [写真]本人提供